2014年8月22日金曜日

ITmedia名作文庫から水守亀之助『わが文壇紀行』が発売されました








ITmedia名作文庫 中村武羅夫『明治大正の文学者』の装丁を担当しました。



「新潮」の大編集長、「講談社三尊」の一人、中村武羅夫著「明治大正の文学者」の掲載が開始しました。
8月21日より、中村武羅夫著『明治大正の文学者』(留女書房、1949)から主要な部分が掲載されます。
中村武羅夫(1886-1949)は、水守亀之助(『わが文壇紀行』)同様、忘れられた編集者/作家の一人です。
1928年に書かれたマルキシズム文学批判の評論「誰だ?花園を荒らす者は!」だけが知られていると言っても過言ではないでしょう。

中村は、訪問記者を振り出しに「新潮」編集長として大正文壇を盛り上げながら、通俗小説家としても活躍し講談社の三尊(陰の功労者)の一人として数えられるなど、戦前の文壇において極めて重要なポジションにいました。昭和10年代には日本文学報国会の常任理事として活躍しています。


今回掲載する原稿の初出は「新潮」(19421943)です。
以下、序文から引用します。

 日本の近代文学の歴史――わけてもその中軸的にもっとも深い意義を持つ明治末期に近い頃から大正年代を経て昭和十年代(太平洋戦争直前)の半ばの頃までのおよそ三十有余年間にわたる、長期間の文学の変遷推移には、実に複雑多様なものがあると言わねばならぬのだが、幸いに私はこの重要な期間を、自ら文学界の片隅に、文学の仕事に関与して生活することを得て来た。加うるにジャーナリストという職業は、常に文学思潮の動向の中枢に呼吸し、絶えず多くの文学者たちと、緊密な接触を保たなければならない。すなわち本書は、この期間における私が直接に触目し、面接した文学と文学者とについて語ったものである。  元より初めからある一貫した意図の下に筆を執ったものではあるが、さればと言って文学史と称するほど固くるしいものでもなく、そういう整然たる体系を備えたものではない。いわば人を中心として見たナマの文学史、もしくは真の文学史を書く人、あるいは研究する人のために、生きた資料の記録、私自身が直接経験した文学史の断片を提供したものとでもいうべきであろうか。人によっては無意味なもの、余計なもの、瓦礫として捨てて差し支えないものも多く混ざっているかも知れないが、しかし、自らその時代の文学の中に、直接生活しなければ得ることの出来ない――そして、それは過ぎゆく時と共に、あるいは、いつかは忘却と消失の彼方に、隠れ去ってしまうかも知れないところの貴重な珠玉も、若干ふくまれていないとは言えないだろう。それをいくらかでも本書の中から発見し、明治大正の文学を知る上に役立ててくれる人があれば、私の本懐とするところである。

大正時代、書痙になるほど訪問記事を執筆したという中村武羅夫。彼の書いた近代文学史は貴重な資料であると思われます。

以上:ITmedia名作文庫サイトより引用しました http://classics.itmedia.co.jp/

2014年8月18日月曜日

太宰治『斜陽』の連載が開始しました


太宰治著『斜陽』の連載を始めました。第二次世界大戦後の華族令廃止とともに没落した元華族の一家への哀悼と、女性のしたたかな生命力への期待を描いた太宰治の傑作です。
『斜陽』は、1947年、「新潮」7月号から10月号まで連載され、完結直後に書籍化されるとたちまちベストセラーになりました。戦後まもなく、生家の没落を目の当たりにした著者が、チェホフの「桜の園」と、愛人であった太田静子の日記を素材にして書き上げたものです。
第二次世界大戦後の華族令の廃止により、元華族の一家が没落していく姿を描いた太宰治の傑作です。1947年、文芸誌「新潮」に連載され、同年12月に刊行されるやベストセラーになりました。その作品名から派生した「斜陽族」は流行語になっています。本書は『斜陽』(新潮社、一九四七年一二月一五日発行、日本近代文学館、一九九二年六月一九日復刊)を底本に、巻頭に「ミニ解説」を付け、八雲書店発行「太宰治全集第一四巻」の豊島与志雄による解説も収録しています。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り、読みやすくするなど、独自の校訂を行った縦書版電子書籍です。(近日刊行予定)
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私が描いたのは、梅の花と遺書です。作中に梅が何度か出て来て、私にはその梅の姿は作品の雰囲気にぴったりだと感じました。

朝も昼も、夕方も、夜も、梅の花は、溜息の出るほど美しかった。(p37)
春の朝、二三輪の花の咲きほころびた梅の枝に朝日が当たって、その枝にハイデルベルヒの若い学生が、ほっそりと縊れて死んでいたという。(p97)
ママを思うと、泣きたくなる。ママへのおわびのためにも死ぬんだ。(p98)
姉さん。だめだ。さきに行くよ。僕は自分がなぜ生きていなければならないのか、それが全然わからないのです。(p221)
生きていたい人だけは、生きるがよい。人間には生きる権利があると同様に、死ぬる権利もある筈です。(p221)
姉さん。僕には、希望の地盤がないんです。さようなら。(p242)